5月6日未明、クッキーが逝ってしまいました。あっという間の出来事でした。
クッキーを飼い始めた時から、いつかは来るだろうと思っていたお別れの日。いつかは来るとわかっているのに、なぜか来ないような気もしていたのに、現実になってしまいました。
今日は人間でいうと初七日。この1週間長かったです。やっとブログを書く気力が出てきました。こうして書くことが、自分の気持を整理して前に進む力をくれる気がしています。
(ちょっと辛いことも書いてるので・・・)
5月3日 連休初日
私は仕事でした。クッキーの呼吸がちょっと荒い。連休で病院が休みなので、休み明けに診てもらおう。
5月4日
今日も息が荒い時と落ち着いてる時がある。心配だけど、連休はあと2日。お天気も悪いので散歩も中止。
5月5日~6日
仕事から帰って夜、今日はご飯を食べてないという。
少し前から、クッキーはご飯をより好みして食べてくれない事が多かったので、最近はいろんな種類のご飯を買ってある。(食べないと種類を変えてみて、食べてくれたらよかったって感じで。)
今日も違うご飯をあげてみた。それでも「いらない」っていうので、何か食べてほしいと思って、ゆでたブロッコリーをちぎって手であげた。食べてくれた。それなら、と、また違うご飯を開けて、やっぱり手であげてみた。おいしかったのか食べてくれた。よかった。
いつもの心臓の薬をささみであげたらこれも食べてくれた。良かった。
夜遅くなるにつれ、かなり息苦しそう。とても心配になって、病院に電話してみたけれど休日なのでやはり出ない。様子を見てても収まる気配がない。地域指定の夜間救急病院に電話して様子を話したら、検査をして多分そのまま病院に預かることになるという。
家族で話して、離れたくない、知らない病院に置いて帰るのは可哀想過ぎるってことになって、明日の朝、かかりつけの病院に連れて行こうと。この時は亡くなるとは思わず・・・
友人の獣医さんに電話して、すごく親身に相談にのってもらった。呼吸が苦しいのを少し楽にしてあげるのに、酸素ボンベがいいと聞いて、息子が24時間開いているスーパーに買いにいった。それも試したけれど、それほど状態は変わらないまま、お腹が大きく動いて呼吸している。
早く朝になってほしいと思いながら、いつものように寝室に連れて行き私の布団に寝かせた。
その少し後、いきなり起き上がり変な様子。今度は体から力が抜けている。おかしい、おかしい。
頭が真っ白になりながら、もうだめだと思って、みんなを起こして居間でクッキーを寝かして周りであたふた。「クッキー、ガンバレ」「ごめんね、もっと早くお医者さんに連れていってあげればよかった」「苦しいね」「もう頑張らなくていいよ」「ありがとう」「大好きだよ」「いやだ~」「クッキー」って、支離滅裂に叫びながら、最後の瞬間は、私が抱っこしてみんなでずっと撫でていた。「ママのところに帰ってくるんだよ」って言いながら。朝4時前のこと。
暫くみんなで声を上げて泣き、順番に抱っこして撫でて、それからいつもの座布団に寝かせてあげた。夜が明けるまで順番にそばについて、ずっと声をかけながら撫でていた。
現実に戻って、主人が葬儀場を探し朝電話して、みんなが見送れる時間(朝9時)を予約した。
その後も泣きながらみんなでそばにいて支度をして連れて行った。人間の葬儀と同じようにお別れをして、だいすきなぬいぐるみや食べ物やお菓子と一緒に火葬になり、お骨になって小さな骨壷に骨あげした。(葬儀場の方がきれいなお骨ですねと言っていた)
家に連れて帰って、みんなが見えるリビングに居場所を作った。娘は午後休日出勤、息子はバイト。みんなで見送れたのがせめてもの救い。私はずっとそばにいた。
夜娘がお花を買ってきてお供えした。好きだったものもお供えした。夜はいつものように、私が寝る時に一緒に寝室に上がって、一緒の部屋で寝た。初めて家に来た時も、一人でゲージで寝させようとしたら寂しくってクンクン泣き続けるので、一緒の布団で寝た、あの日を思い出す。「クッキー、一緒だよ」
その後
翌日からみんな仕事と学校。クッキーに声をかけながら生活している。私はと言えば、亡くなった日も24時間以上ずっと起きていて、その後も泣くばかりしていたので目も腫れて肌もボロボロでそれでも会社に行くことで、逆に気が紛れる。家族みんなそんな感じだった。会社では親しい友人がもらい泣き。同じ経験をした人も慰めてくれる。そのたびウルウルしながら、それでも毎日は続いてる。
悲しみは波のように寄せては返すものなんですね。なんでもない時に突然悲しみに襲われて、そういう時はできるだけ声に出して泣いた。それがす~っと引くと妙に静かな気分になる。
特に辛いのが自分の意識の中にクッキーがいるのに気づく時。料理しながら足元のクッキーを蹴らないように動いている自分とか、家事が終わるころクッキーが私のそばにやってくる、その瞬間とか・・・
そんな日々が3日くらい続いて(会社も行っていたので)不思議と生きる力が出てきて、ようやく落ち着いてきた。
そのきっかけを作ってくれたのは、友達の獣医さん。
実はクッキーがなくなる日、夜中だったけど不安で獣医の友達に電話した。その時は希望をくれた。
4年前、心臓の弁から血液が逆流していると近所のかかりつけ医から指摘され、それ以来毎日心臓の薬を飲んでいた。進行すると肺に水がたまるから咳が出たら注意と言われていた。今回も咳は出てなかったし、2週間毎に診察を受けていてその時も異常は指摘されなかったので大丈夫と思ってた。今回の症状は肺に水がたまって息苦しかったんだと後でわかったけど、もっと適切な心臓の治療を受けられる病院を紹介してあげる、とその日、友達の獣医さんが大きな病院に紹介状を書いてくれた。ほんとにありがたく、希望を持てた。
それでも急変してクッキーが亡くなった翌日、その友達から花かごが届いた。「クッキーちゃんのご冥福をお祈りします。○○クリニックスタッフ一同」というメッセージと一緒に。
また涙が溢れて、お礼の電話をした。
「辛かったね。」って一言。また涙が溢れた。
そのあと、こんな話をしてくれた。岡山弁がまた胸にこたえる。
「犬は病院へなんか来たくないんよ。家に帰りたいんよ。もう治療はいいから返してくださいって言うもん(獣医さんに)。
長く生きたいって思うのは人間だけなんよ。子供を残していけないと思ったら人間はは辛い治療にも耐えるけど、犬はそんなことされたくないんよ。お母さんが悲しむのをみたくないから病院へも行くけど、ほんとは行きたくないんよ。
あの時病院に行ってたら助かったんじゃないかと悔やむ飼い主さんも多いけど、犬は病院で辛い検査や治療をして少し長生きするより、苦しくても家族と一緒にいた方がいいと思ってるんよ。病院へ行かない選択もあるんよ。(若くて、治る治療以外は)
お父さんが帰ってきて(主人が単身赴任を終えたので)、もう番犬をしなくても家を守ってくれる人がいるから安心だと思って、ほっとしたと思うよ。犬はそういうことがわかるんよ。
気が済むまで悲しんだらいいよ。泣きたい時に泣いたらいい。クッキーのお骨もいつまでおいといてあげてもいいんだよ。
クッキーは幸せだったとおもうよ。みんなに看取ってもらえて。
クッキーの紹介状を書いたけど亡くなったことを聞いて、クッキーちゃんは次の日までがんばったら病院へ連れて行かれて持ちこたえて翌日になったらもっと大きい病院に連れて行かれてもっと頑張らないといけないのがいやだったんだと思ったよ。」
飼い主のセラピーもするんだね、なんて私が言うほど、気持ちを軽くしてくれた。
ずっと後悔してた。5/6はもう無理でも、5/3に病院に連れて行ってたら死ななかったんじゃないかって。まだ何年も生きられたかもって。なんで仕事を休んで、休日でも無理言ってみてもらわなかったのか、と。獣医さんもかかりつけなんだけど、夜間は見てくれない先生だし、私も遠慮してしまったけど、無理にでもドアを叩けばよかったかと・・・。
でも友達の話を聞いて思った。
クッキーはその日を選んだんだって。病院が空いている日だったら、間違いなくすぐに病院に連れて行かれてた。(歩いていける近所で、家族みんな何かあるとすぐ連れて行ってたから)。そしたら酸素のお部屋に入れられて点滴されてそれでどのくらい良くなったかわからないけど、家族と離れたくなかったんだって。(病院嫌いだったもんね)
しかも5/3~5/6は珍しく誰かしら家にいて、クッキーは一人ぼっちじゃなかった。(いつもは一日中ほとんど一人でお留守番)
そして5/6午前中だったから家族に看取ってもらって、4人揃ってお別れができた。(午後だと無理)
家族が少しでも納得してお別れができるように、選んでくれたんじゃないかと思えた。
ずっと思っていたのは、いつかお別れが来るなら苦しまないでほしいってこと。病気で長く患ってみたいなのは耐えられないだろうなっていうこと。あまりにも突然だったけど、最後までご飯も食べて普通にしててくれたことは、残された家族の心の傷を少なくしてくれたと思う。もしかしたら、最後のご飯は食べたくなかったのに、私が心配するから、無理して食べてくれたのかもと思う。それくらいクッキーは優しいいい子だった。
それから、クッキー自身は今楽になっただろうと思えた。
小さい時からアトピーで、年をとってからは薬を飲んでも皮膚の赤みが引かなくて、いつもかゆそうだった。目もよく怪我をしてたし、最後はほとんど見えてなかったけど、目やにが多く、いつも目薬をさしてた。体も明らかに弱っていて、背中も曲がっているように見えた。散歩もあまり歩かず結構しんどかったのかもしれない。私達も年齢から考えていつその時が来るかもしれないって覚悟はしてたくらい、15才になって衰えが目立ってた。
今はかゆみも痛みもなく、家で一人ぼっちで暗くなるまで留守番しなくていい。天国で元気に走ってるかもしれない。先に逝ったおじいちゃんは岡山で預かってもらった時いつもよくしてもらったから、迎えに来て散歩してくれてるかも、とも。それにいつも私たちのそばにいる。
いつまでもいて欲しかったのは私達で、私たちのために頑張ってくれてたのかも・・・。
クッキーがいなくなった寂しさはやっぱり今もなくならないけど、悲しむ時はしっかり悲しんで、元気になれる気がしてる。今はクッキーにいっぱいありがとう、って気持ちが一番強い。
そういう気持ちにしてくれた、獣医の友達にほんとにありがとうって伝えたい。
かかりつけの獣医さんには3日後にお礼に行った。そしたら翌日メッセージ(「皆様にかわいがられ愛されていたクッキーちゃん、幸せでしたね。どうぞ安らかに」)を添えてお花を贈っていただいた。それもありがたかった。みんながクッキーを大事にしてくれてたって気がして。
こうやっていろんなことを書き綴ってることも、自分のセラピーになってる気がする。書いたことで、記憶に何度もよみがえらずにすむかもしれないしね。
また前を向いて生きていきます。
ブログもまた続けるのでよろしくおねがいします。
クッキーのために祈って下さった皆様に感謝!
そして、クッキーありがとう。いつまでも大好きだよ。ママより
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